心が弱い僕は「不安」の正体を知りたくて「Beトレ」に行ったら、そんなに弱くなかった気がする(笑)

昨日は、同伴者もいらっしゃるという状況だったので、心の弱い僕は「行かなきゃ」という想いの後押しを頂いていた状況もあって、某所では「心が弱いやつが行く」といわれ揶揄されている、心屋塾セミナー『Beトレ』に行ってまいりました(笑)

で、そのことを書いてみようと思います!だって、今まで人生を生きてきて、他人に見せていた自分というのは、他人の目に触れてもいい自分だったんじゃないのかなって、最近、特に思うから。

そう、僕を印象付けたり、形付けたりしているものの大部分は、嘘ではないけれど、作り上げてきたものだから。

 

そんな話を、特に難しい言葉も使わずに、バリバリと破壊してくれる『Beトレ』って、本当に心が弱かったら持たないかもしれません(笑)

マジで、後から、じわじわくるから。

 

なんかね、実は、僕は案外根っこのところは、ものすごく強いのに、うわべの部分で取り繕っているところがあって、その違和感が炙り出されたりしている感じなんです。

まあ、その違和感と向き合ってこないで、いろんな強化方法や、理論武装で積み上げちゃってきたから、違和感が大きくなったんじゃないのかなってのが現時点での自分です。

 

これは、意外と仕事にも影響があって、それに気付かされてからは、なんかあまり肩に力をかけなくても、お客様に本当の意味で寄り添えるし、本当にまるっと、何もかも受け入れることができそうな、そんな予感があります。

 

多分、来週から始まるマスターコースで、違和感そもののも破壊されるんだろうな、と思うと「ワクワクドキドキ」いつの間にか不安という気持ちよりも、未来の可変性に興味が移っている自分を発見して、よくもまあ、こんなに意識が変わるもんだと「オロオロ」しながらも、まあいいや(笑)

 

何のことかわからないかもしれないけど、週末ブログなので、許してくださいね。

許可をいただかなくても書くし、僕の仕事の話じゃないから、内容も問題ない(笑)お付き合いくださいませ。

 

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僕はざっきー、経営者専門の保険屋さん、そう「不安」をあつかう保険屋さんです。

ロジックとして保険の場合は、「不安」じゃなくて「不確実性(リスク)」なんだけど、それはまあ置いといて(置いとくのかよ!)今日は、もっと本質的な「不安」の話です。

 

物事を捉えるときに、最近の僕は、枝葉末節にこだわらず、幹でもなく、そもそもの根の張っている地面に興味があると言った方がいいかもしれません。

枝葉末節や、幹は、もうそれはそれは、知識と理論で大丈夫ですし、ちょっとそこいらの保険屋さんに劣ることは有りえなんですけど(自信満々)それだけでは、保険屋さんとしてはダメなことを、僕は長い経験から痛感しているんですね。

 

少しでも、大好きなお客様の「不安」を本質的に拭い去る事、、、これに気づいたら、もっと根源的な捉え方をしない限り、なんか違うな?という違和感が出てくるんです。

もちろん、ビジネスだと割り切って、無視すればいいし、気付かないふりをすればいいんだけど、、、

 

気付いちゃったものは、仕方がないんす

 

という事で(伝わるかな?)心屋仁之助さん(ぢんさん)の主催する『Beトレ』にも、行ってたりするわけです。

 

 

10月東京心屋塾セミナー『Beトレ』のテーマは「不安」でした。

ね、ドンピシャ。

 

『Beトレ』自体が、どうすれば人が生きやすいのか、という事を、やりかた「Do」じゃないよ、「Be」あり方だよ、として伝えてくれていますので、そもそものあり方(Being)の大前提を、ちゃんと知ってみようという考え方です。

 

まあ、宗教と言われる方も、揶揄する筋もいますし、参加されている方々は面白がって、教祖とか、宗教とか、お布施とかおっしゃっているので(笑)よっぽど、先生としての権威付けをしたり、教祖扱いさせるものよりも、まともですよ♪

 

ちょっとだけ、理論的に話すとね、

 

唯一神を崇める宗教ってのは、まあ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などに代表されるけど、宗教としての概念は「God」の元での平等、救済、規律なんよね。

でも、仏教という宗教の場合は、「Master」なんよ。

そう、自分自身が気付くことなんだ。

だから、仏教の場合は、それぞれの土地や、それぞれの民族が、古くから持ってきた「自然への畏敬の概念である土着の神々」を取り入れてきたんだよね。

 

ね、宗教って言っても、僕のイメージは「Master」の話。

 

だから、自分が信じていることを揶揄されたりした時には、その人には「God」があるわけだから、そもそもが違うんだと思えばなんてことないんだよ。

自分が大事に思うことがあれば、他人の大事にしているものも、全否定したくても「大事なもの」なんだから尊重できるようになりたいなと思ったりますね。

ごめん、ちょっと脱線した。

 

 

ぢんさんは、こんな風に言っておりました。

「不安ってのは、自分にとっての大前提が間違っている、ということがわかった時に起こるもの」

だと。

 

翻訳すると、

赤ちゃんには不安がない、お腹がすけば泣くし、うんちして気持ちが悪ければ泣くし、お母さんが離れたら泣くけど、それは、との時の状況がそうさせてるんであって、この後、ミルクがもらえなくなるとか、うんち拭いてくれなくなるとか、お母さんがいなくなるとは思っていないって。

 

そうだよね、

その不安に直面した時には、そりゃあ不安になるけど、常に不安があるわけじゃないし、そんなことを普段から考えてないよね。

 

でもでも、

こんなことしたらいかんとか、あんなことしたらこうあるとか、こんなんだったらこう言われるとか、、、

 

つまり、

正解はこうだ、と言われていたのに、それができなかったり、正解をちょっと誤解していたり、していた時に、それ、間違っているよ!何て言われたら、怖くて、怖くてしょうがないと、、、

あれ?僕やん(笑)

 

だよね、

だから、正解を間違えた人を見た時に、あんな風に思われるんじゃないかとか、あんなこと起きちゃうんじゃないかとか、、、

それって「予想」をしているに過ぎなんだと、しかも、ダメだった時、失敗した時の予想ばかりです。

で、その予想どこで仕入れてきたのかというと、今までの自分が生きてきた過去な訳です。しかも、怒られたり、失敗したことばかりで、よかった時のことは、なかなか仕入れてこないわけですよね。

 

「成功に、理由なき成功あり、失敗に、理由なき失敗なし

 

有名な、ビジネスの教訓ですが、これ、後半部分ばかり強調されていません?

聴いてて途中で気付いたんです、ああ、不安の原因は、自分で作ってると(笑)

確かに、よくわからんけど上手くいったこと、いっぱいあるんですよね!!!

 

だってさ、今まで僕自身はジェットコースターばりの人生ですけど、現在は普通に生きていますよ♪

 

不安という自分の作り出した未来に怯えて、それは、実は自分の過去の嫌なことなんかを、また再体験するんじゃないかと思っているだけで、そもそも、悪いことばかりじゃなくて、良いこともいっぱいあったはずなのに、なんで忘れてんの?ってことだよね。

だから、不安なんて「ない」って思えば良いのに、なんで「ある」んじゃないかな?って思うのか、それは相当、もったいないことだと思いました。

 

ぢんさんは言います、

「普段は、お金がない、仕事がない、出会いがない、愛情がない、ない、ない、言っているくせに、なんで不安は「ある」ていうの?」

(笑)その通り、ぐうの音も出ません。これが、大前提が間違っている、ということですよね。

 

さらに、ぢんさんは続けます、

「不安の正体とは、このような「過去」ということもあるけれど、もう一つが「失う」ということ」

だと。

 

安心、快適、豊か、他人評価、地位、名誉、、、これを失うことは、確かに不安ですけどね、でも、それがあっても不安なんですよね、今!

そう、ここが大事、

ねえ、あるのに不安なんですよね、それ、おかしくないですかねって、ほぼ、自分で思ったこと。

 

確かに、今までやってきたことは、知識で武装したり、理論で武装したり、外見を整えたり、何かと盛って盛ってきたわけですし、それは、まあ、不安を避けるために行ってきた様々なこと、、、

武器や、鎧の類が、まあ、いっぱいあることあること、ですよね(汗)

 

人は、普通に生きているだけで、その価値があります。

何かしなきゃいけないわけでもないのだけれど、何者かであろうと思ったり、誰かに承認してもらいたくて、、、

でもそれって、寄って立つ「大前提」が、こうしなきゃ、ああしなきゃ、こんなことしたらいかん、こんなことしたら嫌われる、っていう不安を作る出しているものだったとしたら、、、

 

人は、普通に生きているだけで、その価値があるのに、

ダメダメいわれながら作り上げてきた土台、これが大前提だと思うんですけど、

それが歪んでいれば、その上に、いくら不安を解消するための、武器や鎧を乗せていっても、

歪んだまま、バランスが崩れてきますよね。

 

人は、普通に生きているだけで、その価値があるのに、

大前提が歪んでいると見えないし、その上に乗せた武器や鎧が、さらに、歪みに拍車を掛けますね。

 

 

最後に、ぢんさんは言いました。

 

「あんな『自分磨き』ってゆうやん、

 自分盛りじゃなくて、磨くってことは、今までの人生で、足してきたことを捨てることやで。

 磨くというのはそうゆうこと、どんどん削り落としていくと『私』だけが残る。

 何がなくても、シンプルな自分だけが残る、その自分は何が起きても大丈夫、

 何か起こるけど、それでも大丈夫」

 

って(笑)

 

確かに、僕も、今まで大丈夫やったな(爆)

 

ちなみにと、ぢんさん、

「丈夫ってのは、シッダールタ(お釈迦様)のこと、大がさらについた丈夫、だから大丈夫」

やっぱり、ぢんさんは「Master」なんだな。

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木﨑 利長

木﨑 利長

ざっきー
1968年名古屋市生まれ。金融機関に勤務。クライアントの事業価値を向上させる事を目的とし、仕事を通して取り組んでいます。
化学メーカーの住宅部門に約9年。1999年2月生命保険会社に、ライフプランナーとして参画。
具体的には、上場企業を含む約80社の親密取引先のご縁を中心に、生命保険契約をお預かりしており、財務や資金繰りといった経営課題ついての改善や、売上を伸ばすための営業研修など、お客様の事業価値を向上させるための具体的なソリューションを提供し、経営者の弱音をも受け止められる担当者を目指し日々精進中です。
 (※このブログでの意見は全て個人の意見であり所属する団体の意見を代表するものではありません。)

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