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人のプライドの中にある誇りと自尊心 -とある先輩の面影-(フィクションだよ)

公開日: : 最終更新日:2016/08/08 フィクション, 今なにしてる?(エッセイ)

陽が長くなり、夜の帳が下りる前の「茜の時」は魅力的です。

 

夏になろうとしてるこの時期、器にもこだわりのある素焼きのビアグラスなどでビールを頂くと、きめの細やかな泡となり、ホップの香りと、独特の苦味を喉越しに感じた時、ふと、昔の記憶の扉が開きます。

先日、割烹着の似合う女将さんがいる小料理屋で、ビールを頂きながら一献している時に、その扉が開きました。

 

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20年前、大学入学とともに、僕は東京に来ました。

 

既に両親はリタイアしてましたし、生活するためにも働く必要があった僕は、夜の街で働きました。80年代後半、バブル景気に沸いている街を片目に働く必要性があったわけです。

とはいえ「何者かになりたい若者が、何者かになりたい」と思い、チャンスやきっかけを望んでいたとしたら、自分の憧れる世界に、触れる機会を持ちたいものです。

 

僕の場合は、それが「バー」という世界だったということ。

 

でも、東京に出てきたばかりの頃は、ダサくて、世間知らずの地方都市出身の貧乏学生です。

気後れもするし、垢抜けてもいませから、僕が関わったのは、カフェバーという運営形態の裏方の仕事です。

キッチンなどの調理場の世界。高校生の時にも、ちょっとだけ経験のあった世界にしか、当初、僕の居場所はありませんでした。

 

そこで知り合ったバイトの先輩達に誘ってもらったりして、少しづつ、夜の街を知ることになります。

そのうちに、バイト代などで稼いだお金のうち、生活費を差し引いた残りを握りしめて、バーに通うようになりました。一種の熱病だし、一種の時間の浪費かもしれませんが、それを大切だと思った価値観の中で、その時代を生きておりました。

 

その憧れの世界では、数多くの失敗と、数多くの刺激と、数多くの出会いをしていくことになります。

そして、その出会いによって、僕が、人と関わる事を大事にして仕事にしているのは、この時に経験した様々なことがあるように思えて仕方がありません。

 

田舎者が大都会に、独りで出てくるとき、それまでの属性は秘匿されます。そう、新たな人生を生き始める事と、何ら変わりはありません。

今の自分自身に満たされない何かがあって、現状では既に満たされていることをわからないなら、いくつになっても、環境を変えてしまうという事は、生きなおせる機会なのかもしれませんね。

 

バーのカウンターという場所は、とっても素敵な場所ですが、誰もが平等ではありません。

 

お金を払っているから、お客様だから、注文しているんだから、常連なんだから、今日は楽しいことがあったから、今日は悲しいことがあったから、などなど、、、

それは関係ありません。

 

バーのルールは、バーテンダーが決めています。

 

バーテンダーが、その方の方針に沿って、そのお店として独自の価値観を作り出し、それ根底とした時間と空間を作り出している場所なのです。バーという場所がちょっとだけ、特殊な点がここにあります。

 

その創りだされた世界が、自分にとって居心地が良ければ、それは素敵なサードプレイスになります。お店がコンセプトとして作り出せる価値観ではありません。だって、全くもって平等じゃないから。

 

「バーは、お酒を飲むことを目的にくる場所ではない」

 

と、あるお客様から教えてもらいました。

そう、バーという空間を支える、もうひとつの重大なピース、バーテンダーと対になる「バーのお客様」からです。

 

 

その方は、バーのお客様の中でも、そのお店では、特別扱いをされていました。

そして、今日はその方のお話です。僕の大切な人生の先輩のお話です。

 

再度言いますが、バーというところは、オーナーバーテンダーや、マスターバーテンダーがルールを決めます。

そして、それを感じ、お客様はその価値観、空間を創り上げていきます。

 

だから、刺激があり、戦いがあり、安らぎがあり、居心地の良さがあるのです。そして、それに自分自身が、孤独に挑むことによって、自分自身が磨かれるのです。

 

その方の魅力は、書き表すことが簡単ではありません。

 

バーの扉を開け、その方がいる事に気付き、椅子を一つ開けてお隣に座り、その方がバーテンダーとされている話をしばらく伺い、考えに考え抜いたタイミングと話題で、会話には入る。

 

めちゃ緊張します。失敗すれば、空間が台無しになります。それは空気でわかるのが、バーという世界です。

 

うまくいけば、そこでは言葉と、知識と、感性がぶつかり合いますが、時間の経過とともに、うまく溶け合い、新たな気付きをもたらしてくれます。

まるで、キンキンに冷えた氷の入ったロックのバーボンが、少しづつ氷の角が解け始め、氷水と馴染み、香りがたち始めるのとともに、身体の中に入ったアルコールが、ほのかな勇気と力を引き出してくれるようにです。

 

僕は、今でも覚えています。

初めて、その方から声を掛けて頂いた時の喜びを。

 

人生の先輩であり、物書きなどをされていた、才能豊かなその方は、バーにおいてある、その方専用の素焼のグラスで、必ず一杯目は、ドラフトビールを飲まれていました。

 

デリダから、フーコー、レヴィ・ストロースといった、その時代にもてはやされた思想の話から、マセラティに代表されるイタリアデザインの妖艶さや、日本酒や和食を根底で構成している麹菌の話や、マスコミと政治の関わりからテレビなどの製作の裏話など、インターネットのない時代には、情報というのは接しなければ、求めなければ「ない」という時代に、僕の先生でもありました。

 

バーという世界で、僕はたくさんの引き出しを作っていただいたような気がします。そして、今も引き出しをいっぱい作っている最中でもあります。

 

SNSなど存在していない時代に、創り上げられた大人の空間で、その方以外にも、僕は様々な方を勝手に「先生」として接しさせて頂きました。

そこで得る事となった、実際におきた体験や、裏付けのある知識は、莫大な価値を、今でも僕にもたらしてくれています。

 

僕にとっては、大学と共に「バー」が学校でありました。

 

僕が大学を卒業する頃は、80年代のバブル景気は破裂するちょっと前、そのまま、バーテンダーになろうとしていた僕を、「一度は会社に就職して、サラリーマンというものを理解してきてから、戻ってくればいい、選択肢を持っているのだから行使すればいい」と言っていただき、僕は会社員になり、上司を殴って3カ月で戻ってくるという予想に反し、9年間も会社員を続けることとなります。

社会人である方々のアドバイスというだけではなく、シャレの効いたアドバイスに、今では、バーを愛する人々の本当の優しさを感じます。かっこいい大人は、群れないし、戯れないし、言葉が刺激的なのです。

 

会社人になってからは、休日出勤は当たり前、帰宅時間は次の日、といった生活をしていましたので、ほとんどバーには行けませんでした。

僕の最初の結婚式にも出てもらったにも関わらず、僕自身が離婚したこともあり、その方とも、疎遠になってしまいました。そして、その方も、お母様の介護のために東京を離れた事を知りました。

 

時間は僕らに、平等に流れます。

生きていればいろんな事がありますが、時間だけは平等です。急ぐ必要もないし、焦る必要もありません、自分が納得しているなら、今だけが真実なのです。

 

数年前のある時、僕の友人に相談をされたことがあります。

 

僕は当時、もう保険屋になっていましたが、お客様と話している内容は、お悩み事の解決。

だから内容的としては、経営顧問として、いろんな形で企業や事業に関わっていまして、経営コンサルみたいな感じになっていました。

 

そして、よくある相談としての「未払金や貸付金」の回収の話をしてたんですね。

「お金の回収」ってのは、経営者マターで、経営者がそれから逃げるなら、それは経営者やめちゃえよって(笑)

その言い方、傲慢だね僕、あかんね。でも若い頃ってそんな暴力的な言葉使うよね、自分が弱いから、ちょと思い出して恥ずかしいです。

 

が、価値の尺度であるお金の回収ができない経営者というのは、会社という仕組みを通じて、価値想像をした従業員や、同じく生活を共にしている家族を、裏切っていることと同義語だと思います。

この、定義は今も変わりません。まあ、事情は色々あったとしてもね。

 

そんな時、友人がその方にお金を貸していて、そういえばそのままになっている、という話になりました。

 

僕もかつては、馬鹿だから、いっぱいお金を貸したことがあります。

一番、笑えるのが、本当にお金なかったのに、高校時代の先輩に、貸してくれって貸せないのも恥ずかしくって、カードローンで借りたお金を、貸したってのがあります。

馬鹿ですよ、馬鹿(笑)そのお金、帰ってきていません。

あいつ、もう忘れてるんだろうな、貧乏学生の頃から累積すると、結構な金額だけど、そんなもんです。そして、僕も回収する気ないけど、あいつが危機になっても、もう手を出さないことにしています。

 

皆さんも経験があると思いますが、お金を借りたら、返す人と、返さない人がいます。

 

返す人は、必ず経済的にも回復しますが、返さない人は、疎遠になります。だから、本当に大事な友達には貸しちゃダメだよ(笑)

 

あのね、返す人もね、すぐに全額を返せっ!て話じゃないんだ、少しづつでも、返せばいいんだと、そうすれば、必ず回復するんだよ。

 

実際に僕は、身をもって経験をしています。

 

何人もの方が返してくれて、本当に大変な時に、月に数千円でも返してくれる人がいますが、こうゆう方は大丈夫です。

そうゆう方は、気にかけますし、手を差し伸べます。

 

保険屋ってのは、地獄に落ちる手前まで、寄り添うのが仕事ですから、当たり前なんだけど、僕はそうやって、人の本質を、端でじっくり、たくさんの人生を拝見してきました。

 

本当に強い人ってのは、「今できることを約束して、実行する」んだよね。

それが、僅かな小さなことでも、それが、すべての約束を果たすには、相当に遠いことでもね。

そうゆう方は、本当に、経済的には地獄のような状況から、最後は立ち直られます。これは、何人も見てきているので事実です。

 

「今できることをしない」、「約束を守らない」、「ベビーステップを踏まない」、この3点が揃ってしまうと、もう回復するのは、ほぼ無理なので、僕は大好きな人にはお節介を焼きます。

 

そう、お節介がとても大事です。

 

つまり「その返さない方と、対決すること」が大事なのです。

返さないなら「チャラにもしないけど、関係性は切るからね」という、この点が大事なんだよね。

だって、あなたに貸したそのお金は、自分一人のものじゃないからね、大事な自分の周りを守るためには、覚悟を決めて回収するんだ!ってことが大事なんすよね。

 

その友人には、こんなことを言ったんじゃないかな?

 

「貸したお金は、あなたの大事な従業員や、家族が生む出した価値そのもの。

 だから、回収などという嫌なことを先送りしないで、ちゃんと向き合って!

 それをしないというのは、大事な従業員や、家族をなどを、

 ないがしろにしていることと同義語。

 それに、貸したその人をも、信じていないことじゃないかな」

 

と。

そんな話を友人にしました。

 

後日、その友人からは、嫌々ながらも勇気を出して、連絡を取ったところ「返済できていない理由や、お詫びなど、徒然と書かれた文章と、僅かな金額だけれども、月々返済をする」、という連絡を受け取ったそうです。

 

そして、少しづつ、返済が始まりました。

この話、もう数年前の話なんだよね。でもね、僕も、友人も同じ思いだったんだけど、やっぱりその方は、返してくれる人だったんだ、ということがわかったのです。

そして、その友人も、いろんなことで、よい流れに乗っておくことになります。ああ、ついでに僕もね(笑)

 

 

僕にとっては、憧れた人に、何があったのか、風の便りぐらいでしか知りません。

いろんな要素が重なって、経済的に困窮された中で、介護が始まったのだろうことは、容易に想像ができますが、実態はわかりません。

 

でもね、でもね、数年かけて、僅かな金額でも返済を続け、僕と友人は、その方から本当に素晴らしい生き様を見せていただいた気がしているんです。

だって、お金の価値って、人によって違うけど、後輩から借りたお金なんて、返せるもんなら一気に返すと思うんです。

でも、そうでもなく、少しづつ、毎月決まった時に返済って、相当の覚悟とプライドと自分への厳しさがないと出来なんだよね。

 

だって、毎月、ATMの前に行って振り込むんだよ!口座振替じゃないんだよ、自ら動いて振り込むんだよ、その時の心情などは、僕は想像を絶するんですよね。

 

しかもその返済は、数年間続いて、ちょっと前に、返済は終わったそうなんです。

僕は、やっぱり、凄い方だったんだなあって思いました。

 

人なんて、調子がいい時にはでかいことを言うし、何でもできる万能感を持つかもしれませんが、下り坂なったり、周りから置いてきぼりをくらった時に、どう生きるのか、それこそが本当の人の強さなんじゃないのかなって思うんです。

 

時間は、人に平等に流れます。

 

僕自身、東京に出てきてから30年を経て、いろんな出会いといろんな別れ、刺激と弛緩、上昇と下降、浮きと沈み、人生は流転と言いますが、本当にそうですね。

でもね、でもね、長い時間の中での、知人同士のお金の貸し借りが、最終的には、時間を掛けての返済を経て、完了されたというこの事実に触れて、人の本質を、もっと信じるべきだし、もっと大事にすべきだなって思いました。

 

友人と話しましてね、その方に「会いに行きたいねー」って。

だって、実は借入金の返済をしてくれて、完了したことよりも、それに向き合ってくれて、少しづつ返済されているその姿勢が、どれぐらい僕と、友人を元気付けてくれた事か!

 

若い頃に憧れたその人は、やっぱり憧れた時のままの精神をお持ちでした。

 

人にはプライドがあります。プライドには二つの意味があるといいます。

一つは自尊心、人からどう見られるのかという部分です。

そして、もう一つは、誇りです。

 

若い頃に憧れたその人は、自尊心を捨て、誇りを持って対処してくれました。

 

さて、僕にはそんな生き方が本当にできるのだろうか。そんなことを想い出しながら飲むウイスキーのソーダ割りは、どこなく儚くて、でも身体の芯では、熱い力を引き出してくれそうな気がしました。

 

どれだけ離れていても、どれだけ交流がなくても、本当の関係性は簡単には崩れません。時間すら、関係性を簡単には崩せないんですね。

さて、目に見えるものは、一部でしかありません。記憶や、思い出の中にある大切な人間関係があるのなら、バーチャルじゃなくてリアルに交流する、というのが大事な時代になったのかもしれません。

 

さて、今年の秋、会いに行こう(これは、フィクションですよ)

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木﨑 利長

木﨑 利長

ざっきー
1968年名古屋市生まれ。金融機関に勤務。クライアントの事業価値を向上させる事を目的とし、仕事を通して取り組んでいます。
化学メーカーの住宅部門に約9年。1999年2月生命保険会社に、ライフプランナーとして参画。
具体的には、上場企業を含む約80社の親密取引先のご縁を中心に、生命保険契約をお預かりしており、財務や資金繰りといった経営課題ついての改善や、売上を伸ばすための営業研修など、お客様の事業価値を向上させるための具体的なソリューションを提供し、経営者の弱音をも受け止められる担当者を目指し日々精進中です。
 (※このブログでの意見は全て個人の意見であり所属する団体の意見を代表するものではありません。)

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